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金環日食 [皆既日食]

皆既日食の興奮を今一度と思い、
日食メガネも、ちゃんと用意して当日を迎えました。

その前日、
いつも使っている眼鏡のクリーニングに、
眼鏡屋さんに寄ると、
次から次へとお客さんがやってきて、
「日食メガネは置いてないですか?」
「もう売り切れたんです」

皆さん、のんびりしていますね。

金環日食は、
自宅で楽しめたのが良かったですね。
家にいながら、
楽しめました。

慌ただしく、カラスが飛び交ったり、
寒くなってきたり、
木漏れ日が、三日月型になったり。
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奄美大島で見た皆既日食を思い出しました。

でも、皆既日食と違ったのは、
明るさでした。

金環日食では、
少し暗くなりましたが、
皆既日食では、
もっともっと暗くなりました。

日食メガネをかけて、
太陽を眺めていると、
楽しかった奄美大島の日々のことを思い出しました。

日食自体も素晴らしかったのですが、
それ以上に、
テントで暮らしたり、
音楽祭で踊ったり、
何もかもが楽しい思い出として残っています。

今年はオーストラリアで、皆既日食を見ることが出来ますからね。

さてさて、どうしたものか。

小南湖を連れて行くには、まだ早いような気もしますし、
一人で行くのは簡単ですが、
小南湖と離れるのは寂しいですし、
2017年8月21日のアメリカ大陸なら、
小南湖を連れて行けそうな気もします。

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奄美大島旅行記7 ~皆既日食~ [皆既日食]

奄美から帰って来ると、
必ず聞かれるのが、
「見えたのですか? 見えなかったのですか?」
という質問です。

答えとしては、
「見えたといえば、見えましたし、
見えなかったといえば、見えなかったです」

一言では答えられないのです。

「行って良かったですか? 行かない方が良かったですか?」
という質問には簡単に答えられます。

「行って良かったです」

皆既日食の物語は、
太陽と月が重なる瞬間だけではなく、
「皆既日食を見たい」
と思った時点から始っておりまして、
JALに電話して航空券を取ったり、
アウトドアショップに行ってテントを買ったり、
キャンプの練習をしたり、
大阪にいる時から、ずーっと続いていまして、
皆既日食の瞬間、2009年7月22日午前10時55分が過ぎた今でも、
まだ続いているような気がします。

奄美大島に到着してから、
毎日ずーっと晴れていました。
一度、夜中にスコールがやってきて、驚いたことがありましたが、
午前10時55分はいつも綺麗に晴れておりました。
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前日の夕方から踊り始め、
夜中を過ぎ、22日になり、
海辺で護摩焚きがありました。
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「明日はどうか晴れますように」
と皆がお祈りしました。

そのまま、朝までずっと踊り続け、
朦朧としながら、空を見上げると、一面の雲でした。
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しかし、10時55分には綺麗に晴れると思っておりました。

流石に疲れたので、仮眠することにしました。
怖いのはそのまま皆既日食までずっと眠り続けることです。
「何をしに来たんだ」
となりますよね。

幸い2時間ほどで目が覚めました。

ところどころ晴れ間はありますが、まだ曇が多いです。
それでも晴れると信じておりました。

海辺に移動し、その瞬間を待ちます。

やがて、太陽に月が重なり始めます。
日食メガネで見ると、
太陽が欠けていく姿がはっきりと見えます。

風が強くなり、雲が増えてきました。
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雲の向こうに見える太陽の姿が、徐々に小さくなっています。

そして、10時55分。
太陽の姿が消え、辺りは真っ暗。
星は見えません。
地平線の彼方だけが、薄ぼんやりと夕暮れのように赤く染まっています。
風は止まっています。
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「ウオー」
という皆の感動の声が響き渡ります。

なぜか、寝ている人もいます。
これだけ暗くなれば、眠くなるのも当然ですが、
折角来たのですから、
「皆既日食ですよ」
起してあげました。
それでも、他にも何人も寝ています。
踊り疲れたのでしょうか。

隣に親子連れがいました。
5歳ぐらいの男の子がヤドカリを捕まえて遊んでいます。
お父さんが子供に向って、
「これ。ヤドカリなんかいつでも見れるから、太陽を見なさい」
と一生懸命言うのですが、
子供は、都会育ちでヤドカリが珍しいのでしょう。
「お父さん。ヤドカリはめったに見られへんけど、太陽はいつでも見れる」
もっともですね。
子供はずっとヤドカリを見ていました。

今はヤドカリの方が興味深く、
皆既日食の珍しさが分からなくても、
大人になったときは、理解するでしょう。
そして、親御さんに感謝すると思います。

2035年9月2日、
再び、日本でも皆既日食を見ることが出来ます。
ヤドカリの子は31歳。
2009年の奄美大島で体感した皆既日食のことを思い出すでしょう。
周りが徐々に暗くなって行き、
人々が歓声を上げていたことは、26年経っても忘れないはずです。

昨年の皆既日食の時、
高城剛が沢尻エリカにプロポーズしたことが話題になりましたが、
この浜辺でも、男性が恋人にプロポーズをしました。
周りにいた全員から、祝福され、
二人は、そのまま役場に向かいました。

この日、奄美大島の役場には、8組程が婚姻届を出したとか。

結婚生活は、
ひょっとすると、曇りの日もあるかも分かりませんが、
後にはきっと太陽が姿を現し、光を届けてくれることでしょう。

2分44秒、太陽は消えました。
長かったです。

やがて、太陽が姿を現しました。
空の彼方を見れば、
サーっとカーテンを開けるように、光が移動し、
再び、明るさに包まれました。

曇っていたので、
ダイヤモンドリングを見たり、
黒い太陽を見たり、
いわゆる、本当の皆既日食は観測出来ませんでしたが、
皆既日食を全身で感じました。

始めの言葉の、
「見えたといえば、見えましたし、
見えなかったといえば、見えなかったです」
というのは、こういうことなのです。

大阪で皆既日食が観測できるのは、
西暦2947年。

日食を見る前は、
「そんな先のことはわからない。人類がいるのか、地球があるのかもわからない」
と思っていましたが、
日食を見た今では、こう思います。
「未来の人々にも、是非見て欲しい」

その為に何が出来るのか、何をすべきか考えるようになりました。

来年2010年7月11日には、イースター島で皆既日食が見られます。
モアイと一緒に皆既日食。
素晴らしいですね。
子供のころから、モアイは一度見たいと思っていました。

さてさて、どうしましょう。

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奄美大島旅行記6 ~キャンプ生活~ [皆既日食]

朝日が昇ると同時に目覚めるというのは、
健康的ですがすがしい起床のように思われるかも分かりませんが、
テント生活の起床はあんまりすがすがしくはありません。

午前七時頃、暑くて、眩しくて、
「ブハッ」
と起きますと、テントの入口を慌てて開けます。
これがテント生活での起床でした。
外の空気が入ってくると、涼しくて気持ちいいです。

夜中も開けたまま寝てもいいのですが、
イグアナが入って来そうで怖いので、
いつも網戸にしておりました。

網戸にするよりも開けっ放しにした方が、空気の通りは良いです。

テントサイトの水道は、
午前九時からじゃないと、使えませんので、
昨日、汲んでおいた水で顔を洗います。

鍋に乾燥した海藻を入れ、上から水を注ぎます。
10分ほどしたら、海藻が膨らみます。

もう一つの鍋に、水を沸かして、パスタを茹でます。

その間に、スーパーで買ってきた人参とトマトを生でかじります。
ゴーヤを買ってきて、薄切りにして、サッと湯がいてい食べた日もありました。

コップにファンケルの青汁粉末を入れて、ミネラルウォーターを注ぎます。
スプーンで混ぜて、ゴクゴクと飲みます。

テント生活で野菜不足になってはいけませんから、
出来るだけたくさん取ります。

その結果、
大阪に戻ってきたときは、一キロ以上痩せていました。
とりあえず、奄美ではほとんど食べなかった肉が食べたいと思い、
大きなバックパックを背負ったまま、焼肉屋さんへ行きました。
それは後の話ですが。

そろそろ海藻が膨らんで来ましたので、水を絞ってもしゃもしゃと食べます。
海藻には味があるような、ないような。
まあ、お腹が減っていますので、とにかく食べます。

やがて、パスタが湯で上がりますので、インスタントのタラコを掛けて、タラコパスタが完成です。
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パスタじゃない日は、ご飯を炊きました。
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いきなり失敗です。
出来あがったら、すでに焼きおにぎりになっています。
まあ、おこげも美味しいのですが、普通のご飯が炊きたかったです。
おそらく水が少なかったのでしょう。
 
次に水を多く入れてやってみると、おかゆが出来あがりました。

水が少ないと、お米と鍋がこげますし、
水が多いと、おかゆになります。

何度やっても、お米はうまく炊けませんでした。
炊飯器は偉いです。

パスタを食べ終わると、今度はフルーツを食べます。
ドラゴンフルーツや時計草を食べていました。
ドラゴンフルーツは見た目は派手ですが、
甘すぎず、上品な味わいです。
でも、一個300円以上しますので、結構高いです。

時計草はパッションフルーツとも申します。
上下半分に切って、スプーンで食べます。
種の回りに果肉が付いていますので、種ごと食べます。
甘く、酸っぱく、独特の味です。
昔、ファンタにパッションフルーツ味があって、
「なんじゃこりゃ」
と思ったことがありましたが、
暑い毎日ですと、甘くて、酸っぱい、時計草が食べたくなります。

フルーツと言えば、
マンゴーは奄美の名産品なのですが、一個千円以上するので、断念しました。

食べ終わって、歯を磨いて、
日陰でのんびりします。

9時を過ぎると、水道が使えますので、洗濯します。
洗濯機も、洗剤もないので、
服を水につけて、揉むだけです。
速乾性の服なので、水を絞ると、ほぼ乾いています。
そのまま着ることもできます。
着ているうちに完全に乾きます。
速乾性の服を初めて買いましたが、旅行などには非常に便利な服です。

昼頃になるので、奄美観光に出ます。
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音楽祭の無料バスも出ていますし、
市バスもあるのですが、
一時間に一本しかないので、
いつもヒッチハイクしておりました。

学生の頃、
夜中二時頃、富田林の山中で道に迷って、
遠くからオオカミの鳴き声が聞こえてきたので、
怖くなって、ヒッチハイクをして、家に帰ったことはありましたが、
それ以来、一度もしたことはありません。

車道で、遠慮がちに、親指を突き出して、
ヒッチハイクのポーズをとると、
奄美の皆さんは、心が温かいので、
大概、一台目で止まって下さいます。

まれに通り過ぎる方もいるのですが、
片手ハンドルを握り、片手で「ごめんなさい」をして、
通り過ぎて行きます。

申し訳ないのは、こちらです。

近くの距離だったら歩けるだろうと、
歩いたこともあったのですが、
大阪の一キロと、炎天下の奄美の一キロは全然違いました。

暑いし、日に焼けます。
黒い顔で高座に上がるのはどうかと思いますので、
日焼け止めを塗っていたのですが、
毎日塗り過ぎて、肌がかぶれてきたので、
日焼け止めを止めました。
すると、やはり黒くなってしまいました。

奄美の皆さんは、一人一台車を持っているようです。

車に乗せて頂きまして、
話をしながら、移動します。

地元のことを色々と教えて頂けるので、楽しいです。

私はいつもみきの話をしていました。
「みきちゃんが作っているんじゃないですか?」
と言うと、地元の方に必ず受けます。

最終日、
キャンプサイトから、空港に向かう時も、
ヒッチハイクをしたのですが、
この時、乗せて下さった方は、
何と、この音楽祭が行われた土地の管理者の方でした。

奄美の景気のこと、
音楽祭が盛り上がったこと、
いくらで貸したのか、
等々。
色んな話をしながら、空港へ向かいました。

老若男女、様々な方に乗せて頂きました。
本当に感謝しております。

田中一村記念美術館に行ったり、
奄美パークの展望台から景色を眺めたり。
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昼ご飯は、
外でケイハンを食べたり、
油ゾーメンを食べたりします。
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これも奄美の名物で、美味しいです。

黒糖の飴が売ってあって、
暑いときの甘い飴を食べると、疲れが取れるので、
よく食べていたのですが、
大阪に帰ってから、この飴を食べると、物凄く甘くて、疲れてしまいます。

その土地には、土地に合った食べ物があるのですね。

その後は、スーパーに行って、
野菜、フルーツ、みきを買って、銭湯に行きます。

テントサイトにもシャワーがあるのですが、
やはりお湯に浸かった方が気持ちいいので、
毎日のように銭湯に行っておりました。

この銭湯のお陰か、みきを飲んだお陰か、
肌がツルツルになっています。
どうしてでしょう。
びっくりするぐらいツルツルです。

テントサイトに戻ってくると、
夕方のですので、昼寝をしたり、夜ご飯の準備をしたり。

夜になると、
イベントが始まりますので、踊りに行きます。

夜中二時、三時まで踊って、翌朝、
「ブハッ」
と起きます。

いよいよ、明日は皆既日食です。

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奄美大島旅行記5 ~奄美皆既日食音楽祭~ [皆既日食]

16日から24日まで、9日間開催された「奄美皆既日食音楽祭」。
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ここのテントサイトで、9日間過ごしたのですが、
世界中から様々な人が集まっていました。
初日から徐々に人数が増え、
最終的には二千人を超えたのかもわかりません。

ざっと見ると、
3割の人が、タトゥーをしていて、
3割の人が、外国人で、
3割の人が、真っ黒に日焼けしていました。
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つまり、千人の参加者がいると、
333人が、タトゥーをしていて、
333人が、外国人で、
333人が、真っ黒に日焼けしていて、
残りの1人が、私です。

会場には、山があって、海があって、広大な敷地です。
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元は、ゴルフ場として利用する予定だったそうです。

たまにハブも出ます。
そらそうです。
ハブの棲みかに人間がお邪魔をしているのですから。

シャーマンがこの場所を見て、素晴らしいと言ったとか。

会場内には、
テントサイト、台所、シャワー、トイレ、ごみ箱、駐車場、
飲食店が数点あります。
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ステージは、四か所。
メインの太陽ステージ、
海辺の月ステージ、
ワークショップなどがある地球エリア、
奄美文化を紹介する奄美エリア。

皆既日食の前後三日は、
昼も夜も音楽が流れていますが、
それ以外は、夕方から朝に掛けてのみ、音が鳴っています。

ですから、
昼間は別にイベントがありませんので、
奄美観光をしたり、海で泳いだり、散歩をしたり、昼寝をしたり、
のんびりと過ごすことが出来ます。

まあ、日差しがきついので、
のんびり過ごさないと、熱中症で倒れてしまいますので、
水分を多く取って、出来るだけ休みながら、行動しておりました。

夕方から、ちょっと涼しくなって来ますので、踊りに行きます。
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阿波踊りを初めて踊った時に、
「踊ることは、何と楽しいものか!」
と思いましたが、
野外レイブで踊るのは、また違った面白さがあります。

阿波踊りは、
皆がお揃いの衣装を着て、
同じ動きをしますから、
その整然とした様が誠に美しい。

野外レイブは、皆が自由な服装です。
民族衣装の人もいれば、
Tシャツを着ている人もいます。
水着の人もいれば、
裸の人もいる。
そして、各自が好きに体を動かしています。
その踊りには上手下手は関係なく、
ただ、それぞれが自由に楽しく踊っている。

その雰囲気が誠に美しい。
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地球サイトにあるドーム。
昼間の姿。
夜になると、中からロウソクが現れ、闇を照らす。
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日食のトークセッションに参加したり、
ヨガのワークショップで体を動かしたり、
夜が明けるまで踊ったり、
踊り疲れて、砂浜に倒れ込んだり。
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徐々に皆既日食という一大イベントに向って、盛り上がって行きました。

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奄美大島旅行記4 ~西郷隆盛謫居跡~ [皆既日食]

奄美大島には西郷隆盛が三年程住んでいた屋敷が残っています。
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西郷隆盛が奄美大島にやって来たのが安政6年。
西暦1859年ですから、今年で丁度150年です。
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島の娘、愛加那と暮らして、二人の子供を授かります。
長男、菊次郎は後に京都市長になります。

愛加那の本名は龍愛子。
愛加那というのは、
島の言葉で「愛ちゃん」という意味だそうです。

西郷隆盛は南洲公とも呼ばれますが、
南洲と聞けば、
どうも旭堂南舟の顔を思い出してしまいます。
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入館料は200円。
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「敬天愛人」の色紙。
天を敬い、人を愛する。
西郷隆盛が好んで書いた言葉です。
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この柱だけが当時の物だそうです。
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この前に広がる景色も綺麗でした。
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奄美大島旅行記3 ~みき~ [皆既日食]

暑い奄美大島で、
健康に過ごせたのはみきのお陰です。

みきとは女の子の名前じゃありません。
飲み物です。
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原料は、米、さつまいも、砂糖。
これらを発酵させています。

メーカーによって、
原料がちょっとずつ違います。
名前も、
ひらがなのみきだったり、
カタカナのミキだったり。

私が飲んだのは四種類です。

東米蔵商店、
平、
栄食品工業、
赤木名ミキ。
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元は家庭で、主におばあちゃんが作っていたのだとか。
それぞれの家庭の味があったらしいです。
現在は家で作る方はほとんどいません。

「どうしてですか?」
「パックで買えるから」

もっともですね。

見た目も味も、
甘酒に似ていますが、
アルコールは入っておりません。

賞味期限ギリギリになると、
酸味が増して、
ドロドロの液体が、サラサラとなり、美味しくなるそうです。

実際、新しいのと、古いのと、飲み比べをすると、
酸味が増した方が爽やかで、美味しかったです。

地元の方に聞きました。
「どうしてみきというのでしょうか?」
「さあ、方言かねえ」
「お神酒とは違うのですね」
「違うねえ」
「作っている人の名前がみきちゃん!」
「ワッハッハ」

名前の由来は分かりませんが、毎日飲んでおりました。
どれだけ暑くても、食欲がなくても、これを飲めば元気になりました。

不思議な飲み物です。

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奄美大島旅行記2 ~けいはん~ [皆既日食]

「京阪乗る人おけいはん」
関西人なら誰でも知っている京阪電鉄のキャッチコピーがありますが、
けいはん食べる人もおけいはんでしょう。

奄美大島でけいはんと言えば、
私鉄のことではなく、鶏飯(ケイハン)のことです。

奄美大島は、
地鶏、島豚、島山羊、猪などの肉を多く食べるようで、
牛はあまり見かけません。

有名なお店が「ひさ倉」。
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看板の鶏が可愛いですね。
食べられてしまうのですが。
けいはんが950円。
注文すると、
おひつと鍋と皿がテーブルに置かれます。
おひつには炊きたてのご飯。
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鍋には熱々の鶏がらスープ。
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皿にはけいはんの具が乗っています。
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左上から時計回りに、
鶏肉、椎茸、、陳皮(チンピ)、紅ショウガ、錦糸玉子、ネギ、パパイヤの漬物、そして、真ん中がノリです。
初めは、陳皮と分からず、七味唐辛子かなと思ったのですが、
舐めてみても辛くありません。
そこでお店の方に聞くと、ミカンの皮だそうです。

作り方は簡単。
おひつのご飯を茶碗によそいます。
ご飯の上にけいはんの具を乗せます。
そして、上から熱々のスープたっぷり掛けて、お茶漬けのように食べます。
パパイヤの漬物が酸っぱくて、暑い日に食べると元気になります。
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これは美味しいです。

ご飯とスープはお代り自由です。

鶏刺しも食べました。
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鶏刺しのつまは薄切り玉ねぎとゴーヤです。
この辺りが奄美大島らしいですね。

地元の方とお喋りしているとき、
けいはんの話になり、
「ひさ倉に行ってきました」
と言うと必ず、
「みなとやは行った? 元祖はみなとや」
と教えてくれます。

そこで、みなとやにも行きました。
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こちらはけいはんが千円。
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具もほとんど同じです。
お腹一杯になるまで食べました。

天皇陛下もみなとやの鶏飯を食べて、
「美味しい。もう一膳」
と言ったとか。

これで私もおけいはんです。

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奄美大島旅行記1 ~星空~ [皆既日食]

九州や沖縄は行ったことがありますが、
奄美大島やトカラ列島には行ったことがありません。

こういう方が結構多いようです。

しかし、今回の皆既日食で日本中から注目されました。
今後、観光で奄美に行く人が増えると思います。

大阪から直行便で一時間半。
飛行機が小さいです。

いつも外国に行く時に乗る飛行機には、
座席が二列、三列、二列と、
横に七人座れるのですが、
今回は二列、三列。
新幹線と同じです。

伊丹空港から空へ舞い上がったのですが、
旋回しながら飛ぶので、
「大丈夫かな?」
と不安になります。

アッという間に奄美大島へ到着です。

飛行機を降りると、
ムワッとした暑さです。
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「大阪より暑いなあ」

キャンプ用具の入ったバックパックを背負って、外を歩くきます。
日差しがきついです。
肌に突き刺すようです。
五分経つと肌が焼けています。
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ちょっと木陰で休憩。
木陰に入ると、風があるので涼しいです。
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やがて、テントサイトに到着。
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テントとタープを建てている間は、汗がポタポタと流れ落ちます。
タープの下に組み立て式ベッドを設置して横になります。
気が付くと昼寝をしておりました。
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暑いところでは、昼寝するに限ります。
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夕方になると、随分、涼しくなりますので、辺りを散策します。
テントサイトに30センチぐらいのイグアナがいました。

「イグアナだ。奄美にはイグアナがいるのか。南国だなあ。
でも、夜中にイグアナがテント内に入って来たら嫌だなあ」

近くの人に、
「奄美にはイグアナがいるんですね」
と言うと、
「いないですよ。これ、私のペットなんです。家から連れて来たんです」
「ああ、そうなんですか」

奄美にはイグアナはいないようです。
一安心です。

日が暮れ、空が綺麗に染まります。
そして、夜。
こんなに奇麗な星空は見たことがありません。

波照間島で見た星空も、
ラオスで見た星空も、綺麗でしたが、
奄美大島は、七月だからか、星の数が多いです。
天の川が大きく流れています。
流れ星がビュンビュン飛びます。
星が降ってくるとはこのことを言うのでしょう。
星が降ってきてもいいように、思わず、傘を差しました。

「この星空を見れただけでも奄美大島に来た甲斐があった。来て良かった。いつ大阪に帰ってもいい。もう帰ろうかな。昼間は暑いし」

色んなことを思いながら、テント入ります。

その晩、3メートルのイグアナが私の体を枕にして寝ている夢を見ました。


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皆既日食 [皆既日食]

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太陽が欠け始め、
姿を消し、
再び現れる瞬間を体験しました。

曇り空でしたけど。

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あと2時間 [皆既日食]

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相変わらず、一面曇り空です。
いつもより日射しが弱いので、快適に過ごすことが出来ます。
仮眠から、目覚めましたので、最悪の結末である「寝過ごし」だけは避けましたので、良しとしましょう。

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